富裕層の節税対策として人気を博した海外不動産投資ですが、近年「その効果が失われてしまった」という声を聞くことが多くなっています。
「節税効果が失われた」と言われるようになった背景には、2020年度の税制改正が大きく関わっています。
一体、この税制改正とは、どのような節税スキームに対して、どういった制度変更がなされたものだったのでしょうか。
本記事前半では、税制改正前に用いられた節税スキームと、関連税制度の改正内容に加え、改正が及ぼした影響について詳しく解説していきます。
後半は、新たな税制の下で海外不動産投資をする場合、どのように良い成果を生み出していくことができるかについて、具体的な対応策をあげながら解説していきます。
税制改正前の海外不動産投資を使った節税スキーム
海外不動産投資が「節税対策に高い効果を上げる」と言われた理由は、日本と国外の不動産事情の違いをうまく利用できる仕組みがあったためでした。
ここではまず、多くの投資家にとって節税効果を生み出すことができた、日本特有の節税スキームについて解説していきます。
税制改正前における所得税などの節税スキーム
海外不動産投資を利用した節税スキームにおいて、鍵となってくるのが「減価償却費」です。
減価償却とは、固定資産の購入費用を分割して、毎年「経費」として計上していくことで、損失と収益との関係性を明確化し、互いの整合性を高めるために用いられている仕組みです。
減価償却費を含む費用と所得とは、損益通算されることで課税所得が決定されます。
様々な費用を経費計上するなかでも、固定資産の購入費用は高額となるため、減価償却費が損益通算に及ぼす影響力は当然大きくなります。
加えて、日本では所得税をはじめとする様々な税金において、累進課税制度を採用して税率を決定しているため、所得が多いほど適用される税率が高くなります。
高所得者であればあるほど、所得と相殺する費用額を大きくすることで、課税所得を抑え、所得税などの適用税率を下げ、税額を抑えることができるため、節税対策の重要度は高まっていくのです。
海外不動産を活用して節税を図るためには、減価償却費はできるだけ高額である方が望ましく、そのためには当該不動産の法定耐用年数が短い方が有利となります。


国税庁が定める法定耐用年数について
法定耐用年数とは、経年劣化により目減りしていく固定資産の資産価値が完全に消失するまでの期間を示す、国税庁によって設けられた基準です。
法定耐用年数は、対象となる資産の種類によってそれぞれ定められており、そのなかでも建物の法定耐用年数は、下記のように定められています。
木・合成樹脂造 | 木骨・モンタル | 鉄骨・鉄筋鉄骨コンクリート | れんが・石・ブロック | 金属 | |
---|---|---|---|---|---|
住宅・店舗 | 22年 | 20年 | 47年 | 38年 | 34年 |
事務所 | 24年 | 22年 | 50年 | 41年 | 38年 |
飲食店 | 20年 | 19年 | 34年 | 36年 | 31年 |
ホテル・病院 | 17年 | 15年 | 31年 | 34年 | 29年 |
公衆浴場 | 12年 | 11年 | 31年 | 30年 | 27年 |
工場・倉庫 | 15年 | 14年 | 38年 | 34年 | 31年 |
※数値は全て、建物に使用する骨格が4mm以上である場合
減価償却費は、当該物件の資産価値が無くなるまでの期間である「耐用年数」を基準に算出され、「耐用年数」算出時には、この法定耐用年数を確認しておく必要があります。
新築物件の場合は、法定耐用年数に応じて定められている償却率を用いて減価償却費を算出する「定額法」という方法が採用されることがほとんどで、下記のような数式で求めることができます。
【減価償却費の計算方法】
新築物件の減価償却費 = 物件の購入費用 × 償却率
ちなみに、法定耐用年数ごとに適用される償却率は、国税庁のサイトから調べることができます。
一方で中古物件を購入した場合には、正確な耐用年数を推定することが難しいため、「簡便法」と呼ばれる方法を用いて「残存耐用年数」という考え方を利用します。
中古物件の減価償却費算出の流れは、まず簡便法を用いて当該物件の残存耐用年数を算出し、算出した数値を用いて減価償却費を割り出します。
それぞれ値の算出には、下記のような数式を用います。
【簡便法を用いた減価償却費の算出方法】
1.当該物件の残存耐用年数を求める
法定耐用年数を超えていない場合
残存耐用年数=(法定耐用年数-築年数)+築年数x20%
法定耐用年数を超えている場合
残存耐用年数=法定耐用年数x20%
2.減価償却費を求める
減価償却費=物件購入費用残耐用年
ここで、簡便法を用いた中古物件の減価償却費の計算例をあげてみましょう。
【簡便法を用いた中古物件の減価償却費の計算例】
A. 築40年の木造中古住宅を8,000万円で購入した場合
残存耐用年数 = 22年 × 20% = 4年
この物件の減価償却費 = 8,000万円 ÷ 4年 = 2,000万円
B. 築8年の鉄筋コンクリート造マンションを1億円で購入した場合
残存耐用年数 = (47年 − 8年)+ 8年 × 20% = 40年
この物件の減価償却費 = 1億円 ÷ 40年 = 250万円
海外不動産投資を活用した節税スキームでは、この簡便法により耐用年数が決定する中古不動産がターゲットとなります。
なかでも、節税対策目的での海外中古物件への投資が最も盛んに行われていたのが、アメリカです。
アメリカの中古不動産における具体例
アメリカの中古物件への不動産投資が、なぜ節税対策として人気を博したのかは、アメリカと日本の不動産価値の違いが大きく関係しています。
日本における木造住宅の法定耐用年数は22年と定められていますが、アメリカでは築22年以上で売り出されている木造住宅は珍しくありません。
築年数によって不動産価値が大きく目減りしていく日本に比べて、アメリカでは築30年、40年の木造住宅であっても高い資産価値を維持しており、売却価格に関しても日本ほど叩かれることはないのです。
このようなアメリカで中古木造住宅を購入すると、先述の簡便法を用いることで、短期間で高額な減価償却費を計上することが可能となります。
そしてアメリカでの投資費用は、日本で損益通算することができることから、課税所得を抑える働きをすることになります。
課税所得が減れば、所得税などの算出に適用される税率が軽減されるため、結果的に税額を相当額減らす効果が生まれます。
この国内外の所得の損益通算の仕組みこそ、海外不動産投資を活用した節税スキームの根幹にあたるのです。
アメリカの中古木造住宅への投資を行った場合と、そうでない場合を比較して、どのくらいの節税効果があるかの一例をあげてみましょう。

このように海外不動産、とりわけアメリカの中古木造住宅への投資は、節税効果が非常に大きいことに加え、売却時の値下がりリスクが少ないことからキャピタルゲインも期待できます。
節税とキャピタルゲイン。この2つの大きな魅力に惹かれて、多くの投資家や富裕層がこぞってアメリカの中古住宅を購入するようになったのです。

海外不動産投資に関する2020年税制改正の内容
富裕層の節税対策として人気が高まっていた海外不動産投資ですが、その動きを封じ込めるため2020年度の税制改正により、これまでの節税スキームが無効化することとなりました。
ここからは、人気の高かった節税スキームを封じ込めるに至った経緯と具体的な改正内容について解説していきます。
税制改正に至った背景
最初に海外不動産を活用した節税スキームの危険性を公に指摘したのは、会計検査院です。
2020年の税制改正が行われる4年ほど前の2016年11月に公表された「平成27年度決算検査報告」のなかで、海外不動産投資を活用した節税スキームに対して、以下のような苦言を呈しています。
国外に所在する中古等建物について、賃貸料収入を上回る減価償却費を計上している納税者が多く見受けられる状況となっていた。 (中略) このことを踏まえると、国外に所在する中古等建物については、簡便法により算定された耐用年数が建物の実際の使用期間に適合していないおそれがあると認められる。そして、賃貸料収入を上回る減価償却費を計上することにより、不動産所得の金額が減少して損失が生ずることになり、損益通算を行って所得税額が減少することになる。 したがって、本院の検査によって明らかになった状況を踏まえて、今後、財務省において、国外に所在する中古の建物に係る減価償却費の在り方について、様々な視点から有効性及び公平性を高めるよう検討を行っていくことが肝要である。
引用:会計検査院「平成27年度決算検査報告」
加えてこの報告書の中では、短期間で高額の減価償却を計上し減税を図った後、減価償却期間終了後に納税者が居住地を海外に移したり、当該物件を売却するなどの動きが顕著である点についても触れられています。
当報告書により、日本と海外の不動産の、経年による資産価値の違いを活用し、減価償却費を損益通算することで課税所得を減額するという節税スキームが横行していることが、白日の元に晒されました。
高所得者が海外不動産投資を利用することで、本来納税されるべき納税額が徴収できない現状を政府が問題視し、2020年の税制改正によって、横行していた海外不動産投資による節税スキームを封じ込めるに至ったのです。
2020年の税制改正大綱について
”2020年の税制改正大綱とは”といった概要の説明をここに追加をお願いします。
税制改正大綱は、翌年度以降に実施する増税や減税、新しい税制の導入など、税制度に関する様々な変更点についてまとめたもので、与党の税制調査会や各省庁、業界団体などからの意見や提案を反映・検討し、毎年12月に決定されます。
2020年度の税制改正大綱では、先述の会計検査院による報告を真摯に受け止め、海外不動産投資にかかる費用のうち、減価償却費の損益通算に関して、新たに以下のような定めを設けました。
国外不動産所得の損失の金額があるときは、その国外不動産所得の損失の金額のうち国外中古建物の償却費に相当する部分の金額は、所得税に関する法令の規定の適用については、生じなかったものとみなす。
引用:財務省「令和2年度税制改正の大綱 3. 租税特別措置等」
要約すると、「耐用年数を簡便法で計算した海外中古不動産の減価償却による損失は、無かったこととみなし、その他所得との損益通算をすることはできない」ということです。
個人が減価償却費を経費計上できなくなった
2020年税制改正大綱において焦点となったのは、海外不動産投資を行っている「個人」です。
会計検査院が目をつけ、調査対象となったのも、個人の納税者であり、彼らの減税対策を封じ込めるための施策が、この2020年度の税制改正にあたります。
これにより、海外不動産の減価償却は無効化され、事実上、これまでの個人投資家や富裕層の間で人気となっていた節税スキームが封じ込められることとなりました。
この制度は、2022年の確定申告分から適用されており、以降、これまでのように個人が海外不動産の減価償却費を、経費として計上することはできなくなったのです。
ただし、海外不動産の売却によって得られた譲渡所得に対する課税に関しては、償却費に「相当する額」の控除が適用となるため、譲渡所得税の税額は抑えられるとされており、完全に節税効果がなくなったわけではありません。

法人では減価償却費の経費計上が可能
2020年度の税制改正大綱のターゲットは個人であるため、海外不動産を法人が購入した場合の減価償却費計上は、引き続き有効な節税対策として活用することが可能です。
減価償却期間中は、収益との損益通算により減価償却費分課税額を抑えることができるため、法人税を軽減することができます。
一方で、物件の売却時に得た売却益に対する法人税の課税額算出時に、これまで計上済みの減価償却費を差し引いて課税額を割り出すため、総合的に見るとそこまで大きな法人税の軽減にはつながらないといった側面もあります。
一例をあげるとこのようになります。

上記例を見てみると、同じ物件であっても減価償却費を計上するかしないかによって、税額を減額できるタイミングが異なることがわかります。
しかし、物件購入から売却までの期間内で、減額できた法人税の総額を見てみると、減価償却の有無によって生まれている差はわずかなものです。
このような減価償却費用を計上することで、物件の保有期間中に支払うべき税額を売却時まで持ち越していくことは「税金の繰延」と呼ばれ、完全な節税対策ではないという意見も根強く残っています。
ただ、この税金の繰延に関しては、戦略的に計上タイミングと事業計画を合わせていくことで、法人税を抑制しながら、計画的に納税することができるというメリットも存在します。
減価償却費の計上タイミングと事業計画。この2つをコントロールし連動させることを前提とすれば、法人の節税対策には「税金の繰延」も有効な手段となります。

税制改正前後の計算例
2020年度の税制改正大綱では、主に個人で海外不動産投資を行っている人々に対して、節税対策を封じる施策が盛り込まれました。
では、改正前と改正後では、税額の計算においてどのような違いがあるのでしょうか。
以下のような例をあげて、改正前後の違いを見てみましょう。
【Aさん(日本在住、年収5,000万円)の場合】
アメリカで中古木造住宅を購入
・購入価格:2億円
・築年数:25年
・賃貸による不動産所得:800万円
・諸経費:120万円
<税制改正前>
1. アメリカでの不動産所得
減価償却費=2億円÷4年=5,000万円
アメリカでの不動産所得
=家賃収入 − 諸経費 − 減価償却
=600万円 − 120万円 − 5,000万円
=△4,520万円
2. 日本での確定申告
アメリカでの不動産所得 + 日本国内での所得
=△4,520万円 + 5,000万円
=480万円(課税所得)
→ 税率20%にて所得税額を算出
<税制改正後>
1. アメリカでの不動産所得
※減価償却費→計上不可
アメリカでの不動産所得
=家賃収入 − 諸経費
=600万円 − 120万円
=480万円
2. 日本での確定申告
アメリカでの不動産所得 + 日本国内での所得
=480万円 + 5,000万円
=5,480万円(課税所得)
→ 税率45%にて所得税額を算出
概算ではあるものの、減価償却費の計上がないことで、課税所得額が大きく変わり、それに伴い適用となる税率にも大きな変化が見られることがわかります。
海外不動産投資に関する税制改正への対応策
ここまで、高い効果を生み出してきた節税スキームの仕組みに加え、税制改正大綱の意図や改正内容について解説してきました。
税制改正により、節税を目的とする海外不動産投資が機能を失ったことで、海外不動産投資にどのようなメリットや目的を見出せばよいか迷っている人も少なくないでしょう。
ここからは、税制改正を受けて、今後、海外不動産投資をどのように行い、どのようなメリットを得ていくことができるのかということに焦点を当て、3つの対応策について解説をしていきます。
法人化を検討する
先述の通り、2020年度の税制改正大綱による税制の変更が適用されているのは、現状「個人」で海外不動産の売買・運用を行っている人々です。
その一方で、法人による海外不動産投資費用の減価償却費計上に対しては、規制が設けられることは、まだ未定の状態にあります。
そのため、この「法人であれば損益通算可能」というメリットの享受を目的として、法人化するという対応策が考えられます。
海外不動産の売買・運用を行っている大半の個人は、個人事業主などの形態でなんらかのビジネスに携わっているでしょうが、法人化することで不動産取引以外にも様々なメリットが得られることが期待できます。
今後の経済発展が期待でき、出生率が高い水準で維持されており、今後の人口増加が見込まれる土地での不動産投資であれば、法人化することで、より腰を据えて長期的にその国で不動産投資に取り組むことができるでしょう。
また法人化することで、金融機関からの資金調達が行いやすくなったり、確定申告で様々な優遇措置を受けることができたりといったメリットも考えられます。
本格的に海外不動産投資を行うのであれば、前向きに法人化を検討してみましょう。

家賃収入を狙う
海外不動産投資で収益を得る方法のなかで最も安定した収益を望むことができる方法が、家賃収入です。
海外不動産から家賃収入を得ることで、大きく3つのメリットが得られます。
一つは、高利回りで安定した収入が望めることです。
築年数によって家賃を下げざるを得ない日本の不動産市場に比べ、海外は中古や築古物件であっても需要が高い場合が多く、人気のエリアや物件タイプであれば、高利回りで、安定した家賃収入を得ることができます。
もう一つは、物件の維持を目的とした経費計上は可能であることです。
減価償却による損益通算策は封じ込められたものの、不動産運用で生じた維持管理費や修繕費、火災保険料などの諸経費は、国内不動産同様、経費として引き続き計上することができるため、課税所得減額に貢献します。
そして最後に、長期間保有することで、売却時に発生する譲渡所得税の税率を抑えられることです。
長期的な視点で考えれば、売却時に得た収入にかかる譲渡所得税は、5年以上不動産を保有した後の売却の方が税率が軽減されます。
税制改正によって、節税目的による海外不動産の短期保有に効果がなくなった今、これからは長期的に不動産を保有し運用することによるメリットの大きさに着目し、運用益を高める投資へシフトチェンジした方が得策であると言えるでしょう。

海外不動産どうしの内部通算を活用する
2020年度の税制改正では、海外不動産の減価償却費を日本国内の所得と損益通算することが禁じられましたが、海外不動産同士の損益通算は規制なく行うことができます。
複数の海外不動産を保有している場合、それぞれの物件の損益を合算することで、課税対象となる不動産所得額を抑えられます。
さらには、収益性の高い物件を保有している場合は、新たな物件を購入することで、損益を相殺し、申告する所得額を減額、結果的に節税につなげるという対応策もおすすめです。

まとめ:2020年の税制改正で個人の海外不動産投資による節税効果は減少 | 対応策を講じて利益を確保しよう
今回は、海外不動産を売買・保有してきた個人投資家や富裕層に大きなダメージとなった2020年度税制改正に焦点を当て、従来の節税スキームや改正内容について解説してきました。
本記事で解説したポイントは下記の通りです。
- 海外不動産の減価償却費を国内所得と損益通算することで、課税額を減額し、適用税率を下げることが、これまでの節税スキームの仕組みである。
- 日本特有の節税スキームが誕生した背景には、中古住宅の資産価値に対する日本と海外の評価の差によって、簡便法の盲点をつくことができたことが大きく関わっている。
- 2020年度の税制改正大綱により、個人を対象として、海外不動産の減価償却費を損益通算することができなくなった。
- 法人は、これまで通り減価償却費を損失として計上し、損益通算することで納税額を減額することができ、「税金の繰延」をうまく活用することで、さらなる節税効果を生み出すことができる。
- 新しい税制下での海外不動産投資では、「法人化」「家賃収入」「内部通算」によって収益性を上げることをおすすめする。
海外不動産投資では、節税効果以外のメリットが数多く存在しています。
今回の税制改正を期に節税対策としてではなく、高収益を狙う投資手法の一つとして、海外不動産投資を捉え直してみてはいかがでしょうか。